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切手で読む地図の楽しみ

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切手で読む地図の楽しみ
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 地図といっても様々な地図があります。描き方も,描く範囲も様々であり,その目的もまた様々です。単に地名や場所をさがすためのモノではなく,地図には様々な役割があります。その地図を小さな1枚の切手の中に描いた「地図切手」を通して,地図を見る楽しみ,地図を読む楽しみを日々探っていこうと思います。
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World Stamp Show New York 2016

2016/06/05 21:35
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先日まで開催されていた、FIP国際切手展のニューヨーク展に出品した当方のテーマティク作品「The History of Cartography -Mapping the World and Regions-」が金賞を受賞しました。

2013年ブラジル展の89点から1点アップの90点というスコアでしたが、この2年半、3フレーム増に伴う構成、展開の見直し、マテリアル増加分の補強と質の向上に取り組んできましたが、それがこの1点に凝縮されているかなという思いです。私にとって8フレーム作品は初めてでしたが、まだまだ改良点も残っているものと思います。

今回の出品ではコミッショナーの方々をはじめ、色々な面でアドバイスや作品を参考にさせていただいたテーマティク出品者の会の皆様に大変お世話になり感謝申し上げます。
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今年の1枚

2015/12/26 23:26
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今年も残り少なくなってきましたが、何と1年ぶりに更新です。前回では今年の一枚という記事でしたが、本年も同様タイトルの2015年版です。ただ、今年発行されたというわけでなく、今年私が入手した切手ということで、実際の発行は2014年です。

前置きはこれぐらいにして本題ですが、上の切手は旧ソ連のアルメニアから発行された、古代都市を題材にした切手の一種です。古代アルメニア王国の首都ティグラナケルト付近を描いた古地図が図案になっています。

古代アルメニア王国は紀元前190年から紀元前66年まで独立した王国として栄え、その後ローマ帝国、ペルシャ帝国の支配を受けますが、最盛期は現在のトルコ東部、レバノン、シリアを含む地域を支配した強大な国でした。

地図の中にメソポタミアの地名があるように、チグリス川上流の地域にあたるわけですが、図中左上の家のマークが二つ並んでいる所がティグラナケルトにあたります。この名前、現在の地図をさがしても見つかりません。1515年のオスマントルコの占領以降、現在はトルコの領土になっており、名前もディヤルバクルと変わっています。現在はトルコ東部のいわゆるクルディスタン(トルコ東部と隣国にまたがるクルド人居住地域)の中心的都市になっています。このクルディスタン、IS(イスラム国)の動向と共に、今年よくニュースに登場した地域ということになります。

この地図切手を今年の1枚に選んだのは、この地図が「地図の歴史」を語る上で欠かすことのできない有名な「ポイティンガー図」ということも理由の一つです。ローマ時代に製作されたこの地図(現存するのは忠実な模写図)はローマ帝国のすばらしい土木技術の成果で整備された道路網を描く一種の道路地図で、赤い線がその道路を示しています。

なお、このポイティンガー図を図案として描いた切手は今までにもいくつかの国から発行されていますが、地図の特色についてはオーストリアの切手を紹介した記事を参考にご覧いただければ幸いです。

さらに、この切手のタブの部分には、現在の同地域の地図が描かれており地図切手ファンにはこの点でも魅力的な切手です。ルーペで覗かないと地名が判読できないぐらいですが、上が東でカスピ海、下が西で黒海が描かれています。切手の発行テーマから考えれば当然ですが、この地図には赤字でティグラナケルトが示されていますが、アルメニアやトルコを含めた周辺諸国の国境線は描かれていません。


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今年の一枚

2014/12/30 17:43
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 久しぶりの更新ですが、いよいよ今年も年末ということで、今年も世界各国から数々の地図切手が発行された中から「この一枚」として取り上げたのが上の小型シートです。この小型シートは今年2月にポルトガルから「遍歴記」刊行400年を記念して発行されたものです。

 「遍歴記」とは貿易商人の旅行作家ピントによるアジア諸国の紀行文で1614年に刊行されています。ポルトガル版「東方見聞録」といった感じです。日本に関する記述もあり、同時に発行された切手には日本の武将も描かれています。

 私が注目するのは小型シートの方ですが、切手部分からシート地にかけて描かれているのは1623年にアントニオ-サンチェスによって製作された世界地図です。実はこの地図、私のメインテーマである「地図の歴史」の観点からは特異な地図の一つになります。

 当時のヨーロッパはポルトガルに代わってアジア貿易を独占したオランダの全盛時代で、印刷技術の発達もあって、オルテリウス、メルカトル、ホンディウスと地図の歴史においてもオランダが全盛で、次々と地図帳が製作されたアトラスの時代です。それらの地図帳に掲載された地図にも大航海時代に製作されたポルトガルやスペインの地図を参考にしている面が多いのですが、今回紹介したサンチェスの地図は、そのような時代(16世紀)と同様のポルトガルの地図ということになります。

 コンパスローズや方位線、ポルトガルやスペインの旗が多く描かれた(さらに、日本の上には十字架も)ポルトラノと呼ばれる海図を継承していることに加え、印刷技術の発達した時代にもかかわらず、従来と同じ手書きによる地図というのが大きな特色となっており、ポルトガルの執念を感じる地図です。

 


 
 
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領海裁判

2014/08/29 21:52
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 前回に続いて国境がらみの切手です。以前、ウクライナの地域シリーズを紹介していましたが、マレーシア航空機の撃墜事故以降ウクライナ情勢は混迷をきわめています。今日取り上げたのは、そのウクライナと隣国ルーマニアとの黒海における領海境界の国際司法裁判所の裁定5周年を記念して、本年ルーマニアから発行された小型シートです。

 切手部分を見ると線が引かれていますが、西側の点線の直線がウクライナの主張するラインで、その東側の折れ曲がった点線がルーマニアの主張するラインでした。これらの主張には石油と天然ガスの存在が絡んでのことでしたが、国際司法裁判所の裁定で決定されたラインが赤い線で、大部分がルーマニアの主張するラインと合致しています。

 このような2国間の領土紛争などを国際司法裁判所に持ち込む場合は、当事国双方が国際司法裁判所での裁判開始に同意することが必要になります。例えば竹島問題は現在の所、国際司法裁判所において解決を求めることは実現していません。この竹島問題については前回紹介した郵便学者内藤陽介さんの著書『朝鮮戦争』(えにし書房)に李承晩ラインと合わせて興味深い記述があります。

 
 ところで、小型シートの下地は黒海周辺が描かれた古地図ですが、この地図は1590年版のオルテリウスの地図帳「世界の舞台」に掲載されているもので、地名もはっきり確認できて、地図切手ファンとしてはお気に入りの1枚になりそうです。
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朝鮮戦争

2014/08/14 13:44
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 先日まで開催された韓国ソウルでの世界切手展、日本からの出品はなかなかの好成績のようで、大金賞4、金賞8という結果が出ていますが、テーマティクでは2作品中大沼さんの「ベートーベン」が昨年のブラジル展に続いて大金、内藤さんの「香港の歴史」が金とこちらもすばらしい結果です。

 
 ということで、上の切手は韓国がらみで、朝鮮戦争休戦協定50年を記念してカナダから2003年に発行されたものです。図案には国連軍の爆撃機と兵士の写真、そして北緯38度線が金色で、軍事境界線が赤色で示されています。よく南北朝鮮の境界が38度線という表現が使われますが、厳密には一致していないということがこの切手図案でよくわかります。また,耳紙のカラーマークは朝鮮半島の地図の形になっています。

 さて、この朝鮮戦争に関しては今回の国際切手展で金賞を受賞した郵便学者内藤陽介さんの著書「朝鮮戦争」(えにし書房)が刊行されました。朝鮮戦争を郵便資料を用いて解説する切り口の好著です。ぜひ御一読を。
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カリブ海

2014/08/05 21:27
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 先日まで開催された全日展(全日本切手展)は無事盛況のうちに終了したようですが、関係者のご尽力には敬意を表します。当方は都合がつかず参観できませんでしたが、競争展示に加えて企画展示も実際に見れなかったのが残念でした。

 上の切手は、今回の企画展示の一つカリブ切手展にちなんで取り上げたものです。カリブ海にはコロンブスが発見した島が多くありますが、それらを含んでコロンブスの四回の航海航路を示したカリブ海の地図が図案のこの切手、ちょっと変わったところでマルタ騎士団という国?から1992年に発行されたものです。なかなか渋い図案と気に入っている一枚です。
 
 さて今回の全日展のテーマティク部門では、レギュラークラスで金賞、ワンフレームクラスで大金銀賞とランクアップされた作品がありました。これも実際に参観できず残念でしたが、フィラテリストマガジンの号外での自己予告ページを見させていただいて納得のいくところです。
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キエフ

2014/05/24 21:30
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 相変わらず先行き不透明なウクライナ情勢ですが、紹介を続けているウクライナの地域シリーズ、前回のハルキウ(ハリコフ)州の州都ハルキウはウクライナの二大都市の一つですが、残る一つは、当然というか、首都のキエフということで今日はそのキエフの切手です。

 二大都市と言っても、このキエフは人口270万人でハルキウの約二倍の規模を誇ります。そしてキエフはどこの州にも属さないという2特別市の一つです。この特別市のもう一つはハルキウではなく、以前紹介したクリミア半島のセウ゛ァストポリということになります。

 このキエフ、切手印面の地図では赤い点で示されていますが、ウクライナの中央北部に位置しており、同国では最古の都市でドニエプル川沿いの交通の要地でもあることから、中世キエフルーシの都として栄えて以来、同国の政治、経済、文化の中心都市であり続けています。
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ハルキウ(ハリコフ)

2014/05/05 11:46
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 ウクライナ情勢は、親ロシア派とウクライナ暫定政権との攻防が激しくなり、先行きが懸念されていますが、今日取り上げたのは引き続きウクライナ地域シリーズの一種で、先日、市長が銃撃されて重体になったと報道された、北東部のハルキウ(日本ではハリコフ)を州都とするハルキウ州です。

 このハルキウ州、ウクライナの穀倉地帯でもあり、ハルキウ市は図案からもわかるようにトラクターや飛行機など(実際には戦車も多く作られている)農業機械や輸送機械工業もさかんな工業地帯でもあります。

 また、ハルキウ市はウクライナ第二の都市で、歴史の古いハルキウ大学もある文化の中心地で、歴史的には、第二次世界大戦中のドイツとソ連によってこの地を奪い合ったハリコフ攻防戦の激戦地という側面も持っています。
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ルハーンシク(ルガンスク)

2014/04/29 11:39
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 ウクライナ地域シリーズ、今日取り上げたのは前回のドネツク州と同様、親ロシア派が住民投票の実施を決めた東部の州ルハーンシク(ロシア語名ルガンスク)です。

 このルハーンシク州はロシアと国境を接しており、親ロシア派が多い州ですが、民族的にロシア人が多いという訳ではなく、住民の民族構成はウクライナ系58%、ロシア系39%という構成になっています。

 また、ドネツク州との共通点として、旧ソ連時代そして現在のウクライナでも重工業地帯を形成している点です。ドネツクやこのルハーンシクが、もしロシアへの編入ということになれば、ウクライナにとって大きな打撃になることは間違いなく、ウクライナの立場からすれば、これを認めない当然ということになります。

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ドネツク

2014/04/20 16:41
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 ウクライナの地域シリーズで、クリミアを紹介してきましたが、今日は同じく親ロシア派が多く、自治権の拡大を要求しウクライナからの分離の可能性もある東部の州ドネツクです。

 現在、市庁舎などが親ロシア派武装勢力に占拠されているドネツクは、切手図案の地図中に赤い線で示されているように、ウクライナ東部に位置しますが、図案からもわかるように、旧ソ連時代はソ連最大の炭田として知られたドネツ炭田があります。この炭田を背景にソ連最大の重工業地帯を形成していました。

 当然、現在でもウクライナ経済を支える中心的な工業地帯ということになります。 
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セウ゛ァストポリ

2014/04/13 12:04
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 前回、ウクライナの地域シリーズ切手でクリミア自治共和国を紹介しましたが、そのクリミア半島の一部に同自治共和国には属さない地域があります。

 ウクライナの行政区分は24州、1自治共和国、2特別市からなっており、1自治共和国がクリミアになるわけですが、2特別市は首都のキエフともう一つクリミア半島南西部に位置するセウ゛ァストポリです。

 上の切手は、地域シリーズの一種で、このセウ゛ァストポリもきっちりと発行されています。同市は黒海に面する要塞の地として軍事上極めて重要な位置にあり(切手印面の地図では赤い点で示されている)、ソ連時代にもクリミア州の一部ではなくキエフの直轄下に置かれました。そして、ソ連崩壊後もウクライナの海軍司令部だけでなくロシアの海軍基地が置かれ、2017年までロシアが租借することになっていました。

 今回のクリミア問題で、このセウ゛ァストポリもクリミア自治共和国とともに主権宣言を行い、ロシアへの編入という形になっていますが、クリミア同様、ウクライナ、EU、アメリカ陣営は認めていない状況になっています。

 


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クリミア自治共和国

2014/04/01 21:30
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 200海里水域の地図切手が続きましたが,同じく国家の支配地域に関する話題として,現在注目されているのがクリミア問題で揺れるウクライナ情勢です。

 このクリミア,ウクライナから見ればその国内にある自治共和国という立場になるのですが,ご存じの通りクリミア議会が住民投票の結果をもとにロシアへの編入を決定し,ロシアもこれを承認,編入という状況に対し,ウクライナはもちろんEU諸国やアメリカ等がこれを容認しないという構図になっています。

 ということで今日取りあげた上の切手は,ウクライナの中でのクリミアの位置を示した地図が描かれる図案の切手で,2000年から発行が始まった,同国の地域シリーズの1種です。図案をよく見ると,ウクライナの地図の中で,赤い線で囲まれている部分がクリミア半島すなわちクリミア自治共和国ということになります。この地図は国土の部分だけが単色で描かれているため,周囲の位置関係がわかりませんが,実際にはクリミア半島が黒海に突き出している位置にあるわけです。

 旧ソ連時代は,ソ連内で最も温暖な地として知られ,ヤルタ会談で知られる保養都市ヤルタもあり,温暖な気候を利用して果樹栽培のさかんな地域でもあります。
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200海里経済水域(2)

2014/03/24 21:48
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 前々回にエクアドルの200海里経済水域の範囲を描いた地図切手を紹介しましたが,これと同じような地図図案の切手を今日も取りあげます。

 上の切手は1978年にニュージーランドから海洋資源をテーマに発行されたセット切手の1種です。ニュージーランド本島の北島,南島の周りだけでなく,周辺に分布する島や諸島の周りにも円弧状の経済水域が広がっているのがわかります。とくに,北部に連なるケルマデック諸島の周囲にはほぼ楕円状に200海里水域が分布しています。

 日本もこれら両国と似た状況にあり,最南端の沖ノ鳥島,最東端の南鳥島の周囲には円状に200海里水域が広がります。これらの円の面積は,1海里が1.852kmなので,その200倍の約370kmの2乗×円周率3.14ということで,日本の国土面積38万平方キロを少し上回る約40万平方キロという広大な範囲となります。

 日本も同様の図案の地図切手を発行してほしいところですが。
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ガラパゴス諸島の島名

2014/03/16 21:20
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 引き続いてエクアドルの地図切手ですが,今日は前回の記事の中にも出てきたガラパゴス諸島の純地図切手です。上の切手は同国から1936年に,ダーウィンのビーグル号によるガラパゴス諸島訪問100年を記念して発行された切手の1種です。

 切手印面には,同諸島の各島がそれぞれの名称とともに詳しく描かれており,経緯線も一本ずつ示されています。この経緯線の記載が地球上での絶対位置を示すことのできる地図の必須条件とも言えます。

 よく見ると,エクアドル本土と同様,緯線は0度すなわち赤道が通過しています。そして経度は90の数字が示されていますが,西経90度の経線ということになります。

 このガラパゴス諸島の各島の名をよく見ると,主島のイサベラ(コロンブスの航海を経済的に援助したスペイン女王)のほか,クリストバル(コロンブスのスペイン名はクリストバル・コロン),サンタマリア(コロンブス航海の旗艦の船名)とコロンブス関連の名が付けられています。

 これらの島の名は,一般的な地図帳などでは記載されていない場合が多く,この地図切手の資料価値は非常に大きいということになります。
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200海里経済水域

2014/03/09 21:24
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 久しぶりの更新ですが,ずっと続いているエクアドルの地図切手を今日も取り上げます。前回は空からの空中写真ということでしたが,今日は逆に海に関係のある地図切手です。

 上の切手は1979年に200海里水域設定25年を記念して同国から発行された切手の1種で,印面にはエクアドルの200海里経済水域の範囲が描かれています。

 この地図をよく見ると,エクアドルは北はコロンビア,南はペルーに挟まれているため,海岸線における両国との国境から太平洋沖合200海里までの緯線に沿う2本の直線と,領土の海岸線から200海里沖合の海岸線と同じ形の曲線によって囲まれた範囲が経済水域になっていることがわかります。

 さらに,西方沖合にはこれを上回る範囲の経済水域が円形に近い形で示されていますが,これはエクアドルの領土である,あの有名なガラパゴス諸島にともなう水域ということになります。

 
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陸軍による地形図製作

2014/02/23 12:13
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 前回紹介したような三角測量などの測地事業はその後の世界各国の地形図製作へと発展していきます。地形図製は各国の威信をかけた国家事業として,また,軍事的には戦略的に不可欠なものとして製作されていきます。

 そのために地形図は各国の軍隊(陸軍)がその製作に当たる場合が多く,戦前までの日本もそうでした。現在でもそれが継続している国もあります。

 そこで,今日取り上げたのは,引き続きエクアドルの切手ですが,同国の陸軍地理局50年を記念して1978年に発行されたものです。このように陸軍の中に地理または地図,あるいは測量局のような部局を設置して正確な地形図製作を進めるのが一般的です。

 切手印面にはその地形図製作のための空中写真を撮影するイメージ図が,飛行機と同国の地図とを描いて示されています。地形図製作のための測量は,隊員による測量器機を利用した現地測量によって長らく行われてきましたが,1920年代にこのような空中写真を利用する空中写真測量が始まり,その後の主流になっていきます。
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エクアドル三角網地図

2014/02/16 17:51
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 エクアドルの地図切手が続きますが,今日取りあげたのはエクアドル付近の三角測量網地図が描かれている地図切手です。上の切手は1986年にエクアドルから,ラ・コンダミンの測地事業開始250年を記念して発行された小型シートを構成する切手の一種です。

 この測地事業は1736年に始まったものですが,その発端は当時論争されていた,地球上の子午線測量に伴う,地球は完全な球体ではなく南北に長い扁長楕円体か,南北に短い扁平楕円体かという対立する理論に決着をつける必要からでした。

 当時のフランス学士院は,赤道付近のペルー〜エクアドルにラ・コンダミンを,北緯60度付近の北欧ラップランドにモーペルテュイをそれぞれ派遣して,子午線上緯度1度の距離を三角測量によって正確に測定させた訳です。その結果,赤道付近の方が緯度1度の距離が少し短いことがわかり,地球は南北にやや短い扁平楕円体であることが判明しました。

 いずれにしても,南米の赤道付近と寒冷地のラップランドにおいて,測量を実施するのには非常に厳しい自然条件であったことが想像できますが,これらの測地事業が近〜現代の正確な地図作りの基礎になっていることは言うまでもありません。

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アマゾン上流

2014/02/09 11:28
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 アマゾン川上流の支流は源流のあるペルーを含めて多くの国にまたがりますが,赤道直下の国エクアドルもその一つです。ということで,今日取り上げたのは,そのエクアドル国内のアマゾン上流部が描かれた地図切手です。

 上の切手は,現在の首都キトに高等裁判所が設立されてから400年になるのを記念して1964年に発行されたものです。インカ帝国の一部であった現在のエクアドルは,1533年にピサロの征服によりスペイン領となりますが,1964年の400年前ということは,その約30年後の1564年に裁判所が設立されたことになります。

 切手印面の地図をよく見ると,エクアドルにおけるアマゾン上流部が詳細に描かれており,その流路がよくわかります。エクアドルは国の中央部をアンデス山脈が走り,首都のキトはその山岳地帯の赤道直下に位置していますが,ほぼキトより東側がアマゾンの流域ということになります。
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アマゾンの源流

2014/01/31 21:45
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 アマゾン川の話が続きますが,アマゾン川の源流はどこまで遡るのでしょうか。支流が多く分かれているのですが,いずれもアンデス山脈が分水嶺になって東へ流れ出る川がアマゾン川に合流していきます。

 これをよく示しているのが今日取りあげた地図切手です。上の切手は2003年にペルーから,パナマとの外交樹立100年を記念して発行されたもので,印面には16世紀の古地図が画かれています。

 現在のパナマ,ペルー両国が含まれる範囲が描かれていますが,アンデス山系の東側にアマゾン川の上流部のいくつかが示されています。必ずしも現在の地図とくらべて正確な描写ではありませんが,アンデス山脈から流れ出ていることがわかります。
 

 印面地図の南の方に,現在のペルー,ボリビア国境に位置するチチカカ湖に相当する湖がみられ,数本の河川が流れ出るように描かれていますが,実際にはチチカカ湖とアマゾン水系はつながっていません。
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探検家オレリャーノ

2014/01/21 21:38
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 前回と同じく今日も,スペインの探検家オレリャーノのアマゾン探検400年を記念する切手で,前回のエクアドルにかわって今日はペルー発行のセット切手の1種です。

 切手図案に描かれているのがズバリ,探検家フランシスコ・デ・オレリャーノです。オレリャーノはペルー征服で有名なピサロの親戚に当たり,そのペルー征服にも同行しています。そしてインカとの争い中に負傷して片目を失っています。

 1542年,オレリャーノはエクアドルのキト付近のナポ川からアマゾン本流への合流を経てアマゾン河口まで,約8ヶ月を要して,ヨーロッパ人として初めてアマゾンを横断して大西洋へたどり着きます。
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アマゾンの蛇行

2014/01/13 21:29
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 今日も前々回と前回に続いて,ラテンアメリカ諸国地図切手のコントロールパンチ入り見本切手です。上の切手はエクアドルから1942年に探検家オレリャーノのアマゾン探検400年を記念して発行されたセット切手の1種です。

 図案の地図は16世紀製作の南米大陸を描いた古地図で,地図中にアマゾン川が大きく蛇行をくり返す状態で描かれています。実際のアマゾン川は,細かく見れば蛇行も含めてかなり複雑な流路で,支流も数多くありますが,16世紀の地図ではこの図案の地図のように,大きく規則的に蛇行するように描かれているのがアマゾンの定番になっています。

 一方,南部にあるもう一つの大河,ラプラタ川は枝を付けた大きな樹木状に描かれているのが特徴です。
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領有主張切手

2014/01/04 22:50
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 年が変わりましたが,記事の流れは昨年末からのつづきということで,前回のパナマの切手同様,ラテンアメリカの国のコントロールパンチの入った見本切手を紹介します。
 
 今日はパナマから南へ移って南米大陸の内陸国ボリビアの地図切手です。この切手も前回のパナマと同じく,同図案,類似図案の地図切手が額面,刷色ちがいで数回にわたり多種類発行されています。

 上の切手はその中で,1935年発行の普通切手の1種の見本切手です。印面には同国の地図が描かれている純地図切手なのですが,この地図の国土の形態が,現在のボリビアの国土の形と少し違うなと気づかれた方はかなりの地理通ということになります。

 すなわち,この図案の切手は,チャコ地方の領有を巡ってボリビアと隣国パラグアイが1932年から1935年にかけて争ったチャコ戦争にともない,そのチャコ地方の領有を主張するための一種のプロパガンダ切手として発行されたものです。図案の地図の南東部には CHACO BOLIVIANO という記載があります。

 結果的には,この戦争はパラグアイの勝利という形で終わり,チャコ地方の大部分はパラグアイ領となったため,この地図の南東部を除いた部分が現在のボリビアの領土ということになります。
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パナマ

2013/12/28 21:56
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 前回の記事の中で紹介したようにグランコロンビアから分離独立したうちの一つにパナマがあります。ということで今日はそのパナマの地図切手です。


 この地図図案の切手は類似の図案も含めて,コロンビア時代(コロンビア表記)の切手,それを台切手にして独立直後にPANAMAの加刷をして発行された切手やPANAMA表記の正刷切手,さらに運河地帯がアメリカ合衆国の租借地になったことから,PANAMA加刷の切手にさらにCANAL ZONEの加刷をして発行されたもの,PANAMA表記の切手にCANAL ZONEの加刷をしたものと実に多くの種類が発行されています。

 さらに多くの刷色,額面ちがい,加刷のバラエティと多種多様ですが,上の切手はその中からPANAMA表記のの正刷切手の見本切手です。ラテンアメリカ諸国の見本切手にはSPECIMENの加刷に加えてコントロールパンチと呼ばれる穴が開けられているものが多く見られます。

 図案の地図をよく見ると,パナマ運河のカリブ海側の起点の町の名COLONが描かれていますが,これはコロンビアの国名と同様,コロンブスにちなんだ地名で,コロンブスのスペイン名クリストバル・コロンからきています。
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グランコロンビア

2013/12/21 22:04
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 前回,コロンビアの領土を示す地図切手を紹介しましたが,今日も同じく同国の領土を示す地図切手です。図案の地図をよく見ると,現在のコロンビアより広い範囲に領土が描かれています。コロンビア以外に現在のベネズエラ,エクアドルそしてパナマを含んでいます。

 この切手は,1969年にベネズエラからグランコロンビア設立150年を記念して発行されたもので,コロンビアは1819年に,これら現在は4つの国の範囲を含む国,グランコロンビアとしてスペインからの独立を達成した経緯があります。

 しかし,このグランコロンビアという国は短命に終わります。1830年にはエクアドルとベネズエラが分離独立し,さらにパナマ運河建設を巡る攻防で,パナマもアメリカの支援を受けて1903年に分離独立し,現在のコロンビアの領土になったという変遷の歴史があります。
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コロンビア

2013/12/14 21:51
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 前回のワシントンDCの切手で,その名称の後半部がコロンブスにちなんでいると紹介しましたが,そのコロンブスの名を国名に用いた唯一の国が南米のコロンビアです。ということで今日はそのコロンビアの地図切手です。

 上の小型シートは1948年に第9回のパンアメリカン会議開催を記念してコロンビアから発行されたもので,切手面には南米大陸の地図が描かれ,その中にコロンビアの位置を示した国境線が示されています。地図としては非常にシンプルで,南米大陸の中での同国の位置が本当にわかりやすい地図になっています。また,切手印面も無目打で色も渋く,なかなか品のある小型シートだと思います。

 地図の描き方にも色々ありあすが,自国だけの情報を示すという単純明快さの表れた地図になっています。
ちなみに同会議は南北アメリカ大陸の国が参加する会議として第1回はアメリカ合衆国のワシントンDCで開催されました。そしてこのコロンビア開催の第9回会議で,米州機構(OAS)の設立が決定されることになります。
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ワシントンDC

2013/12/10 22:02
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 前回紹介したブラジルの放射直交型都市ベロリゾンテは,アメリカ合衆国の首都ワシントンがモデルと言われています。

 ということで,今日はそのワシントンの都市形態が描かれている切手をとりあげました。上の切手は2003年にアメリカから発行された,セルフ糊のシール式切手で,その印面に描かれているワシントンの都市地図をよく見ると,碁盤目状の直交型の街路網に放射状道路が何本か交差しているのがわかります。

 このワシントンは,1790年に初代大統領のJ.ワシントンがここを首都にすることに決定し,1800年に正式に首都となります。フランス人の都市計画家ランファンの設計によるもので,世界の計画首都のモデルになったと言われています。

 正式名称はワシントン.コロンビア特別区(Washington,District o Columbia),通称ワシントンDCです。ワシントンの名は当然 J.ワシントンからきていますが,コロンビアの名はアメリカ大陸の発見者コロンブスにちなんで付けられています。

 現在のワシントンは純粋な政治都市ではなく,金融センターとしても発展し世界都市の一つになっています。さらに,今やメジャーリーグのワシントンナショナルズの本拠地でもあります。ちなみに市域のみの人口は60万人とそれほど多くはないのですが,比率的にはそのうちの50%以上が黒人になっています。 
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ベロオリゾンテ

2013/12/07 22:30
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 前回のブラジリアに続いて,今日もブラジルの計画都市のプランが示された地図切手です。
 
 切手図案の都市形態図はブラジル南部のミナスジェライス州の州都で「美しい地平線」を意味する都市,ベロオリゾンテのプランです。同地は18世紀には金鉱採掘時代の開拓基地の一つでしたが,1897年にそれまでのオーロプレトに代わって州都となります。

 市街地形態は,図案からもわかるように碁盤目状の直交型道路網に放射状の道路が交差するパターンで,放射直交型と呼ばれる都市形態です。

 図案に描かれている人物は,このプランの立案者で土木技術者の都市プランナーであるレイスの肖像で,この切手はその生誕100年を記念して1953年に発行されたものです。
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ブラジリア

2013/12/01 21:33
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 ブラジル展にちなんで,今回の当方の出品作品に使ったブラジル切手をもう1枚ということで今日もとりあげました。

 今回の切手展はブラジル最大の港町で大都会のリオデジャネイロで開催されましたが,現在のブラジルの首都はブラジリアです。1960年に高原上に新しく建設された計画首都ブラジリアに首都が移転されたわけですが,それまでの首都は実はリオデジャネイロでした。

 上の切手はそのブラジリア新首都完成を記念して1960年に発行された切手の1種で,ブラジリアの平面都市形態が描かれています。新大陸の計画的な都市には碁盤目状(格子状)の形態が多いのですが,このブラジリアの場合は公募で採用された,平面的にジェット機の形をしている斬新なデザインです。
 
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トルデシリャス条約

2013/11/29 22:37
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 一昨日紹介したブラジル切手にはトルデシリャス条約による分割線である子午線が描かれていましたが,今日は同じ線が描かれている切手をもう一枚ということで,今回のブラジル切手展の当方の作品にも使用した切手です。
 
 上の切手は同じくブラジルから,そのトルデシリャス条約500年を記念して1994年に発行された小型シートの切手面です。前回の切手と違って16世紀の古地図に実際にはっきりと描かれています。

 ちなみに,今回の作品では小型シートをそのまま使用せず,思い切って切手部分だけを切り離してリーフ上に貼り付けました。これはリーフ上でのマテリアルのバランスの問題を考慮したもので,小型シート全体ではスペースをとりすぎるということと,シート地が切手部分とは図案的に連続しておらず,全く別の帆船の図案ががかなり強い色彩で大きく描かれているため,色合いもシックな古地図の部分だけ使用したものです。

 切手面に料額が記載されていない無額面切手ですが,実際には当時の第一種国際郵便用の切手ということになります。
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お久しぶりです

2013/11/27 21:52
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 前回の記事以来ほぼ11ヶ月ぶりの更新ですが,実際の所はこの期間,切手に関する趣味の時間のほとんどは「あること」に専念していました。それは先日(19日〜24日)開催されたブラジル国際切手展出品のための準備と作品製作でした。この切手展も無事終了し,前回出品した2011年の横浜国際展よりも賞もランクアップし,ホッとして喜んでいるところです。

 
 またぼちぼち更新していきますと言うことで,今日取り上げたのは今回の切手展開催国ブラジルの地図切手です。上の切手は1932年に発行されたもので,1532年のブラジル最初の植民基地建設から400年を記念して発行されたものです。

 南米大陸の地図の中にブラジルの部分が濃い色で示され,その広大さがわかりますが,その中に赤道および一本の子午線が描かれています。この子午線はコロンブスのアメリカ大陸発見航海の2年後,1494年にスペイン,ポルトガルの植民活動を調整するために,両国間で結ばれたトルデシリャス条約による境界線で,新しく発見された土地はこの線の西側はスペイン,東側はポルトガル領となる分割線です。

 ほぼこの線上に位置するのが,ポルトガル最初の植民基地サンビセンテで,切手の地図にも小さい字で示されています。
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