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切手で読む地図の楽しみ

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切手で読む地図の楽しみ
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 地図といっても様々な地図があります。描き方も,描く範囲も様々であり,その目的もまた様々です。単に地名や場所をさがすためのモノではなく,地図には様々な役割があります。その地図を小さな1枚の切手の中に描いた「地図切手」を通して,地図を見る楽しみ,地図を読む楽しみを日々探っていこうと思います。
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ニューヨーク大学

2012/05/06 15:03
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 先日,中国の盲目の人権活動家である陳光誠氏が米国大使館に保護された問題で,中国政府が留学目的での出国なら容認する姿勢を示し,それに対してアメリカ政府が米国の大学での受け入れに向けて準備をはじめたということですが,その大学としてニューヨーク大学の名があがっています。
 
 ということで,今日の地図切手はニューヨーク市の地図が描かれた切手です。上の切手は1948年にアメリカからニューヨーク市5区統合50年を記念して発行された航空切手で,図案にはニューヨーク市の5つの区の配置を描く市全体の地図が描かれています。

 これをよく見ると,図案の中央上部の細長い部分が商業の中心地で国連本部もあるマンハッタン区になります。残る4つがブロンクス区,クイーンズ区,ブルックリン区,リッチモンド区ということになりますが,マンハッタン区はハドソン川とイースト川に挟まれたマンハッタン島を形成し,クイーンズ区とブルックリン区は大西洋に面する大きなロングアイランド島の一部になります。そして南西側につきだしているリッチモンド区は現在スターテンアイランド区と改称されている通り,スターテン島という島になっています。残る一つの最も北に位置するブロンクス区だけが,実は本土に位置する区というわけです。

 ちなみに,陳光誠氏の留学先として名前のあがっているニューヨーク大学はマンハッタン島(区)にあります。
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シリア問題

2012/04/29 16:39
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 一昨日,シリアの首都ダマスカスで自爆テロがあり多数の死傷者が出ましたが,シリアではアラブの春に乗った昨年来の反政府運動に対して,政府側が弾圧を加えるという構図がずっと続いています。国連ではシリア監視団の派遣が決定されましたが,アサド政権が事態の収拾へ道を開くか,全く不透明です。

 ということで今日はシリアの地図切手ですが,上の切手は1943年に前年のシリア連邦設立を記念して発行されたものです。シリアは長らくオスマントルコの支配下にありましたが第一次大戦でそのオスマントルコが敗れた後,1918年にシリア王国として独立しますが,その後すぐセーブル条約によって1920年からはフランスの委任統治領となります。そしてこの連邦設立宣言を経て1946年に正式にシリア共和国として独立します。

 上の切手の図案にはシリアの地図が描かれていますが,よく見ると主要都市がいくつか示されています。さて首都のダマスカスはどれでしょうかとなるのですが。正解は,南西部レバノンとの国境に近い南から3つ目の丸印ということになります。ちなみに北部を流れる川はユーフラテス川の上流部になります。
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ミャンマーの民主化

2012/04/22 21:44
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 来日中のミャンマーのテインセイン大統領と野田総理大臣との昨日の首脳会談で,25年ぶりの同国への円借款の再開が決定しました。これは先日の同国での国会補欠選挙で,民主化運動のリーダー,アウン・サン・スーチー女史が当選する結果を受けて,欧米各国が同国との関係改善に動くことに日本も素早く反応したとみられます。

 ということで,今日は同国の地図切手ですが,上の切手は1963年に新政権1周年を記念して発行されたものです。すなわち1年前の1962年にネ・ウィンがクーデターを起こして軍政が確立します。切手図案は同国の地図と国旗というシンプルなものです。その後一時期形式的に民政移管が行われますが,1988年以降は軍事政権が続きスーチー女史の反政府・民主化運動との対立が続いてきたわけです。

 ところが,同国ではスーチー女史らが議員に正式に就任するための宣誓文にある「憲法を守る」という文言に対して,改善を求める動きもあり,スーチー女史が党首の最大野党国民民主連盟(NLD)がいきなり国会をボイコットする可能性も出てきており,ミャンマーの民主化はこの地図切手のデザインのようにシンプルには進まないようです。

 ちなみに,切手図案の国名表記は当時1963年の国名ビルマ連邦で,国旗も当時のものということになります。
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北朝鮮の人工衛星

2012/04/14 23:13
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 前回まで続けてきたアメリカ合衆国の州地図切手はとりあえず終了ということで,今日は最近の話題から上の地図切手です。

 13日に北朝鮮が人工衛星と称して打ち上げたミサイルは,結果的に打ち上げ失敗ということを北朝鮮自身も認めて一段落しました。上の切手は北朝鮮が1998年の人工衛星を搭載した(とこの時も言っていた)「テポドン1号」の打ち上げを記念して発行されたもので,図案にはその機体とともに,朝鮮半島が赤く塗られた世界地図の中に衛星の軌道を描いています。

 この時も結果として,軌道に乗った人工衛星は当然確認されず,弾道ミサイルの一部とみられる物体が日本海と三陸沖に落下しました。北朝鮮は人工衛星の打ち上げに成功したと主張してこの切手を発行したわけですが,今回は残念ながら(まさか打ち上げ失敗記念の切手は発行しないでしょうから)記念切手の発行はなさそうです。
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ルイジアナ購入(2)

2012/04/03 12:01
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 前回同様ルイジアナ購入に関する地図切手です。今日の切手はアメリカ合衆国の発行のもので,1904年にセントルイスで開催されたルイジアナ購入博覧会を記念して発行されたセットのうちの1種です。

 切手図案にはアメリカ合衆国本土の州別地図が描かれ,その中ないアメリカがフランスから購入したルイジアナ地方が濃い色で示されています。

 アメリカ本土全体の中での同地方の位置関係と範囲を示す,非常に史料価値のある地図ですが,この地図でわかるように(前回も書きましたが)購入したルイジアナ地方は現在の州では13州を含んでいます。

 地図をよく眺めると,1803年のルイジアナ購入の時点でアメリカの領土は,今までの東部地域にくらべて約2倍に増えたことがわかります。
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ルイジアナ購入

2012/03/27 15:20
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 今日も前回同様,1976年にセイシェルから発行された,アメリカ合衆国200年を記念して発行された切手の1種で,歴史的事件のうち,今日の切手図案は1803年のルイジアナ購入を取りあげています。

 図案には1803年にフランスから購入した,当時のフランス領ルイジアナ地方の地図とその大仕事をやってのけたアメリカ合衆国第3代大統領トマス・ジェファーソンの肖像が描かれています。

 このルイジアナ購入のフランス側交渉相手が,ナポレオン1世ということになります。ナポレオンは対英戦争(1803年の英仏戦争)を前にしていたため全ルイジアナ地方の売却を提議し,1500万ドルでアメリカが購入することになります。前回紹介したアラスカ同様,何と安い買い物だったかがわかります。

 このフランス領であったルイジアナ地方,現在の州では,北はモンタナ,ノースダコタ州から南はミシシッピ川河口のルイジアナ州まで13州に及んでいます。
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アラスカ購入

2012/03/18 17:16
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 アメリカの州地図切手,今日も前回に続いてアラスカ州です。上の切手はアメリカの切手ではなく,1976年にインド洋に浮かぶ島国セイセェルからアメリカ合衆国200年を記念して発行された切手の1種です。

 セットで発行された切手には,アメリカの歴史に関する画期的事件がそれぞれ図案になっており,今日の切手はそのうちのアラスカ買収を取りあげたもので,アラスカ州の地図と当時のアメリカの国務長官スワードが描かれています。

 このスワードによる交渉によって,前回も書いたように1867年にロシアから720万ドルでアラスカを買収したアメリカですが,そのすぐ後に石油,金がこのアラスカから発見されたことで,非常に安い買い物をした結果となります。

 ちなみにアラスカ州の名は,このスワードが先住民アリュート人の言葉のアラアスカ(島に対する本土,大きな土地の意),から名付けたと言われています。
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アラスカ州

2012/03/11 18:27
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 アメリカ合衆国の州地図切手,今日は北へ飛んでカナダの領土をはさんで位置する,いわゆる飛び地州のアラスカ州です。上の切手は1959年にアラスカの州昇格を記念して発行された航空切手で,図案には北斗七星とともにアラスカ州の地図が描かれています。

 地図を見てわかるように東側に直線の州境界がありますが,これはカナダとの国境で西経141度の経線になります。残りの北側,西側,南側はそれぞれ海に面する海岸線で,北極海,ベーリング海峡,太平洋に面しています。特に南東部は複雑な沈水海岸の海岸線がカナダの領土に食い込むように続いています。

 このアラスカは1867年にアメリカが,植民地経営に行き詰まったロシアから720万ドルで買い取りますが,その翌年の1868年に北部のプルドーベイで石油が発見されたのに次いで,中部では金鉱が発見されゴールドラッシュを迎えます。以後白人の入植が進み,イヌイットやインディアンなどの先住民は州人口の68万人のうち約15%になっており,白人が70%を占めています。

 アラスカ沿岸はサケ,マスなどの漁場としても知られますが,現在の主要産業はテキサス州に次ぐ産油量を誇る石油ということになります。
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ニュージャージー州

2012/03/04 17:15
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アメリカ合衆国の州地図切手,今日は建国13州の一つニュージャージー州です。
 
 上の切手は1964年にニュージャージー300年を記念して発行されたものですが,1964年の300年前すなわち1664年ということは当然アメリカ合衆国独立以前のことで,これまで紹介してきた州の切手のように,ニュージャージー州300年ではありません。この300年というのは,ニュージャージー植民300年ということになります。このニュージャージーの名前もイギリスの小島で独自の切手を発行しているジャージーに由来しています。

 大西洋岸の州ということで,州の東側は大西洋の海岸線になるわけですが,図案の中央,上陸者を描く中央の人物の頭の右側に大きくくぼんだ海岸線があります。実際にはこの付近までロングアイランド島が伸びてきており,ニューヨークの市街地が広がっています。
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酪農州ウィスコンシン州

2012/02/26 16:22
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 アメリカ合衆国の州地図切手,今日は五大湖沿岸州の一つウィスコンシン州です。上の切手は1948年に同州100年を記念して発行されたもので,図案には州会議事堂の建物と同州の地図が描かれています。

 ウィスコンシン州は全米一の酪農州として知られています。デンマークやドイツ系の移民が,冷涼な気候条件やかつて氷河におおわれていたというやせた土壌で穀物栽培に不利であるという土地の条件が故国に類似している同州で酪農経営を始めたことが要因ですが,乳牛の頭数やチーズ,バター,牛乳の生産などが全米の上位に位置しており,州のニックネーム「アメリカの酪農国」は車のナンバープレートにも記載されています。

 ただ,日本では札幌,ミュンヘンと並称されるビールの町で,スワローズから移籍した青木外野手が所属するメジャー球団のブルワ−ズ(醸造人)の本拠地もあるミルウォーキーの方が有名かもしれません。

 図案の地図をよく見ると,北東部に細長く突きだした変形部分がありますが,これは東に位置するミシガン湖の湖岸線に当たる所で,ちょうど1948と書かれている部分がミシガン湖の位置になり,ミルウォーキーもこのミシガン湖畔にあります。
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ウェストバージニア州

2012/02/19 17:51
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 アメリカ合衆国の州地図切手,今日はウェストバージニア州です。上の切手は1963年に同州100年を記念して発行されたもので,切手図案には州議事堂とともに同州の地図が描かれています。

 図案の地図は州の輪郭だけが示されたいわゆる白地図のようになっていますが,その外形は地形的な要因もあって,アメリカの中ではめずらしく複雑な形の州になっています。

 ウェストバージニア州は,実際にはアパラチア山脈の一角を占める山岳州ですが,州の名前が示すようにバージニア州から西部地域が分離して新たに州になった歴史があります。

 その分離の背景は南北戦争に関係があります。イングランド系の多い東部が優位であったバージニア州は奴隷制に対して賛成の立場をとり,北部連邦を脱退して南部同盟に加わりましたが,奴隷制に反対だったアイルランド系の多い西部は北部連盟に残留し,結局1863年に分離することになります。

 奴隷制に反対したにもかかわらず,現在,全米を代表する大都市がなく黒人の就業機会が少ないということもあって州人口の黒人比率は3.5%と少なく,圧倒的に白人の多い州になっています。図案の地図が白地図なのは,まさかそれが関係しているとは思いませんが。 
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フロリダ州(2)

2012/02/12 21:23
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 アメリカ合衆国の州地図,前回取りあげたフロリダ州ですが,切手図案の地図が紋章の中に描かれた古地図だったので,今日は現在の地図ということで,今回もフロリダ州の地図です。

 上の切手は1947年にエバーグレーズの国立公園指定を記念して発行されたもので,図案にはフロリダ州の地図が大きく描かれています。同州は大部分がフロリダ半島ですが,図案の地図にも示されているように,その先端部を占めているのがエバーグレーズ国立公園です。

 同国立公園は湿地帯をなし,マングローブ林,砂浜海岸が続き,多くの野生動物,湿地性植物の宝庫となっています。図案には地図とともにオオシロサギも描かれています。
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フロリダ州

2012/02/05 17:15
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 アメリカ合衆国の州地図,今日は今週の1日に大統領共和党候補予備選挙が行われ,ロムニー氏が圧勝したフロリダ州です。

 上の切手は1945年にフロリダ州100年を記念して発行されたものですが,このフロリダは1513年にスペイン人のポンセ・デ・レオンが上陸し,その日がスペインの復活祭の花祭であったためスペイン語で「花の咲く」を意味するフロリダと名付けます。その後スペイン領を経て1763年にイギリス領になり,1821年アメリカが買収,1845年に州になります。

 ご存知の通り,アメリカ南東部に突きだした温暖なフロリダ州ですが,切手図案にはフロリダ半島の古地図が描かれています。この半島の先に連なるキーウェスト群島の最先端からフロリダ海峡ををはさんでキューバと向かい合っており,キューバの首都ハバナまでは距離にして150km弱しかありません。

 キューバ革命以後,キューバ人の亡命者,難民が多く流入し,マイアミはリトル・ハバナとも称されていますが,フロリダ州全体でも州人口の20%をヒスパニック系が占めています。
  
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インディアナ州

2012/01/29 15:20
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 アメリカ合衆国の州地図,今日はインディアナ州です。同州は前回紹介したオハイオ州の西に隣接する州で,以前紹介したアイオワ州とともにコーンベルト(トウモロコシ地帯)の一角を占める州でもあります。

 上の切手は,インディアナ州150年を記念して1966年に発行された切手で,図案には同州の地図が描かれていますが,南部の州境が曲がりくねっているのは,前回のオハイオ州と同様オハイオ川の流路ということになります。

 また,同州は毎年5月に行われる自動車レースのインディ500の開催,歌手故マイケル・ジャクソンの出身州としても知られています。

 ちなみに,インディアナ州の名称は先住民のインディアンにちなんでいますが,現在では先住民人口は州人口の0.2%にすぎません。
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美しい川オハイオ州

2012/01/22 18:00
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 アメリカ合衆国の州地図が続きますが,今日は五大湖の一つエリー湖の南側に位置するオハイオ州です。州南部を流れるオハイオ川とエリー湖が結合して水上交通が発達した結果,工業生産の飛躍的な伸びにつながり,今では全米有数の工業州になっています。
 
 上の切手は1953年にオハイオ州150年を記念して発行された切手で,図案にはオハイオ州の地図が描かれていますが,南側の境界線がかなり複雑に曲がりながら続いています。これがオハイオ川の流路で南側の州との境界になっているわけです。

 このオハイオの地名はインディアン,イロコイ族の言葉で「美しい川」を意味し,この川の沿岸にある南西部のシンシナティはドイツ系移民の多い町として知られ,州全体でもイギリス系を上回ってドイツ系人口の多い州になっています。

 一方,北部エリー湖岸には鉄鋼業の発達するクリーブランドがあり,シンシナティと共にメジャーリーグの本拠地を持つ都市で,州内にシンシナティ・レッズ,クリーブランド・インディアンスという二つのメジャー球団を抱える州になっています。ちなみに,州都は中部のコロンバスで,かの探検家クリストファー・コロンブスの名にちなんだ町です。 
 
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先住民の多いオクラホマ州

2012/01/17 17:40
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 前回に続いてアメリカの州の地図切手ですが,今日はアメリカ合衆国中央部の平原地帯に位置するオクラホマ州です。上の切手は1957年にオクラホマ州50周年を記念して発行されたもので,図案には同州の地図が大きく描かれています。

 同州北部は北に隣接するカンザス州から続く冬小麦地帯として知られる小麦の産地ですが,オクラホマの名は先住民の言葉の「赤い人々」の意味から付けられた地名です。

 歴史的には1830年のインディアン移住法にもとづいて,南東部のインディアン5部族がオクラホマ東部に強制的に移住させられ,まずインディアン領が形成されますが,その後オクラホマ西部には白人が入植し,その西部は1890年に準州に昇格します。東部のインディアン領も独自の州への昇格を目指しますが,結局1907年に西部のオクラホマ準州と東部のインディアン領が合併し,合衆国46番目の州としてオクラホマ州が成立します。

 そのような歴史的背景から,現在でも州の人口に占める先住民の比率が高く,州内の先住民人口約28万人は全米一の数字になっています。
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コーン州

2012/01/08 14:59
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 本年はじめての更新になります。昨年度から更新間隔が長くなっていますが,本年もぼちぼちと続けていきますのでよろしく御願いします。
 
 本年2012年は4年に一度の夏季オリンピックとアメリカ大統領選挙の年ということで,本年最初の地図切手はアメリカの地図切手です。上の切手は1946年に発行されたアイオワ州100年を記念する切手で,図案にはアイオワ州の地図と州旗が描かれています。

 アメリカ中西部に位置するアイオワ州は,通常アメリカ大統領選挙戦のトップを切って州の党員大会が開かれ,その結果が後の選挙戦に大きな影響を与えることで注目される州です。今年も1月3日に共和党党員集会が開かれ,前マサチューセッツ州知事のロムニー氏が8票差の大接戦をで勝利しました。

 また,このアイオワ州は肥沃な土壌に恵まれたアメリカ有数の農業地帯で,地理の教科書でおなじみの「コーンベルト(トウモロコシ地帯)」の中心的な州でもあり世界一のトウモロコシ生産地帯で,「コーン州」というニックネームを持っています。

 切手図案をよく見ると,地図の左右両側にトウモロコシも描かれています。
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日本統治時代のフィリピン切手

2011/12/29 21:23
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  前回,アメリカ統治時代におけるフィリピンの地図切手を紹介しましたが,その記事の中でも書いたように第二次大戦中の1942〜1945年は日本が統治していました。 ということで,今日はその日本統治時代のフィリピンの地図切手ですが,上のカバーはその地図切手発行時の初日カバーです。左の2枚がその切手に該当しますが,1943年に日本統治下で発行されたバタアン・コレヒドール陥落1周年の記念切手です。

  コレヒドール島は18世紀にスペイン人が要塞を築いた島で,アメリカはさらに島全体を要塞化しました。そしてこれを日本軍が攻略して陥落させた歴史があるわけです。 この切手図案の地図にはマニラ湾に突き出すバターン半島とその沖合に浮かぶコレヒドール島が示されています。印面のカタカナ表記が何とも特徴的です。

  ところでこの初日カバーですが,元はアメリカ統治時代の公用葉書で,その料額面のアメリカ表記部分と料額面下の公用(O.B.)表記部分,そしてマニラの市章部分を黒塗りで加刷抹消しています。そして日本統治下で発行された附加金付切手も貼られています。さらに右下には大日本憲兵隊の検閲印が押されているという,なかなか賑やかなカバーです。

  このカバーに貼られている日本統治時代の切手は,いわゆる南方占領地切手と呼ばれる切手の1種で,さくら日本切手カタログにも採録されています。   

 
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アメリカ統治下のフィリピン切手

2011/12/24 21:48
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 フィリピンの地図切手が続いていますが,今日の切手は1937年にマニラでの第33回キリスト教会議を記念して発行されたもので,図案はフィリピンの純地図切手という感じです。

 以前紹介したように,フィリピンはスペインの支配による影響でカトリック教徒が圧倒的に多い国ですが,そのスペインの支配も米西戦争の結果,1901年にはフィリピンはアメリカに割譲され,1942年に日本が占領するまでアメリカの統治下になります。

 したがって,この切手はそのアメリカ統治時代の切手ということになり,印面上部にはUNITED STATES OF AMERICAの文字も確認できます。
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フィリピン附加金付切手

2011/12/18 15:13
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 前回スペイン人のフィリピン,セブ島への到達ルートを描いた地図切手を紹介しましたが,今日はそのフィリピンの地図が大きく描かれた切手です。

 上の切手は1963年に同国から発行された結核予防運動のための附加金付切手で,フィリピン諸島の地図とダブルクロスマーク(複十字)が描かれています。

 図案の地図でわかるように,フィリピンは多くの島からなる島国ですが,実際には首都マニラのあるルソン島や,昨日台風の大きな被害があったミンダナオ島をはじめとして約7000もの島があります。切手図案の地図の縮尺では,一部の島しか描かれず小さな島は省略されているわけですが,ダブルクロスマークの下部東側に位置する細長い島がセブ島ということになります。

 このセブ島の中心都市セブ市は最初にスペイン人が植民地化した都市ということもあり,歴史的遺物も多く残るセブ都市圏は,フィリピンではマニラ首都圏に次ぐ大都市圏を形成している。
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スペイン人のフィリピン進出

2011/12/13 22:25
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前回まではマゼラン一行の世界周航路を描いたルートマップを続けましたが,今日はその世界周航から40年と少し後にスペイン人が,マゼラン海峡を通らずメキシコ経由で太平洋を渡りフィリピンへ到達したルートを描く地図です。

 上の切手は,1965年にフィリピンからキリスト教伝来400年を記念して発行されたものです。スペインは1565年からフィリピンへの植民地支配開始し,それと同時にカトリシズムがもたらされたわけです。

 その後にアメリカ支配に移ってから,プロテスタンティズムももたらされますがあまり浸透せず,現在では国民の約90%強のキリスト教徒のうちほとんどがカトリック教徒です。

 切手印面の地図にはスペイン人の渡来ルートがガレオン船とともに描かれ,十字架の下に到達地のセブ島が示されています。よく見るとわかるように,この地図はセブ島の存在をわからせるために?にフィリピンがアメリカ大陸にくらべて大きく誇張されて描かれ,太平洋も実際の距離間隔よりはるかに短くなっています。
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アニェーゼの地図

2011/12/04 17:15
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前回,前々回とマゼランとエルカノによる世界周航の切手が続きましたが,その世界周航路を描いたルートマップは,現代の地図に航路を描き入れたものでした。ということで,今日はそのマゼラン一行の航路を世界周航達成後の1540年頃に描いた地図を紹介します。

 上の小型シートは,2008年にアフリカの小国ギニアビサウから船の発明というテーマで発行されたシリーズの1種です。この小型シート,よく見ると切手印面部分がインド航路を開拓したヴァスコ・ダ・ガマと帆船が描かれ,シート地右下にマゼランと帆船が,右上にマゼラン海峡を通過する船団が大きく描かれています。

 そして注目は,マゼランの肖像の上に描かれている世界地図で,マゼラン一行の世界周航路を描き入れたこの地図はベネティアの地図製作者アニェーゼにより1540年頃に製作されたものです。

 さらにシート地全体の背景には,以前紹介したトルコの提督ピリー・レイスの地図が描かれるなど,何とも豪華で派手?なシートで,さすがギニアビサウという感じになっていますが,切手展の出品には使えそうにありません。

 このアニェーゼの地図は,地図の歴史上非常に有名な地図なので,どこか他の国から単独の切手または小型シートで,ぜひとも発行してもらいたいものです。
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エルカノ

2011/11/26 22:09
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 前回マゼランの世界周航路のルートマップを紹介しましたが,その時にも書いたようにマゼラン自体はフィリピンで住民との争いに巻き込まれて死んでしまいます。したがって世界周航を成し遂げたのはマゼラン一行と書くのが正しいということになるかもしれません。
 
 そこで今日は,マゼラン死後に世界周航を完成させてスペインへ帰還したビクトリア号の指揮官エルカノを描いた切手です。上の切手は1994年にノーフォーク島から発行された探検家シリーズの1種ですが,エルカノの肖像と航路を描いた地図が図案になっています。

 ところがよく見ると,描かれている航路はスペインから南米最南端を経て太平洋に入りフィリピンまでのマゼランが指揮をしたルートです。エルカノを題材にした切手ならば,フィリピンからスペインへの帰還ルートを描いても良さそうなのですが,と思ってさらによく見ると,印面上部には初期の太平洋探検家とこの切手シリーズのタイトルが入っていました。

 ということで納得したのですが,このシリーズの額面ちがいでマゼランを描いた切手も発行されており,同じ航路が描かれています。よく考えてみれば,フィリピンまではマゼランが指揮をしたわけでエルカノはその部下の一人になります。すなわち,エルカノをこのシリーズに登場させるのも何となくおかしいような感じもするのですが。
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マゼランの世界周航路

2011/11/20 16:54
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 前回,マゼランの世界周航後に製作されたミュンスターの地図を紹介しましたが,今日はそのマゼランの世界周航路を描いたルートマップです。

 上の切手は,1993年にシスカイから発行された探検家シリーズの1種で,図案にはマゼランの肖像と旗艦ビクトリア号そして航路が描かれています。マゼラン一行がスペインのサンルカンを出帆してから大西洋を南下,南米大陸南端のマゼラン海峡をはじめて通過して太平洋に出,西進してフィリピンまでの航路が緑色で示されています。

 そして,マゼランがフィリピンで死んだ後の,インド洋を経てアフリカ最南端を通過してスペインへ戻るまでの航路が赤色で示されています。

 ちなみにこの切手の発行国シスカイという国は,以前アフリカの古地図切手で紹介した南アフリカのボフタツワナと同様,南アのバンツースタン国家の一つです。
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日米接近 ミュンスターの地図

2011/11/10 21:23
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 前回紹介した1492年製作のベハイム地球儀に描かれた縦長のジパングは,その後しばらく,いくつかの世界地図にも同様の形で描かれベハイム型と呼ばれましたが,前々回に取りあげたトルコのピリー・レイスの地図にも描かれていました。

 そこで,今日はもう1枚ということで上の切手です。これは1992年にオーストリアからヨーロッパ切手として発行されたもので,この年のテーマは「新大陸到達500年」でした。

 図案の地図は1540年頃にミュンスターによって製作されたもので,南北につながったアメリカ大陸が大きく描かれ,その西にベハイム型の日本が位置していますが,アメリカ大陸にこれほど近く描かれていると,アメリカからすぐにジパングに行けそうです。

 そして,この地図が製作されたのは,1522年にマゼラン一行が南米大陸最南端を周回して太平洋に入り世界周航を成し遂げた後ということで,太平洋部分にはその栄光を讃えるように,マゼランの旗艦ヴィクトリア号も大きく描かれています。

 
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ベハイムの地球儀

2011/11/03 21:21
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 先日紹介したピリー・レイスの地図に描かれた縦長のジパングはベハイム型の日本と呼ばれています。「ベハイム」というのは,1492年コロンブスが新大陸を発見したのと同じ年に,現存最古とされる地球儀を製作した人物マルチン・ベハイムのことを指しています。

 すなわち,彼の地球儀にはアジア大陸の中国の東にこの縦長のジパングを描いており,1492年製作ということでコロンブスが到達したアメリカ大陸は当然描かれていません。つまり,ヨーロッパと大西洋をはさんで日本や中国が位置しているわけです。

 まさに,これが当時のコロンブスやベハイムの世界観だったわけですが,ベハイムがこの地球儀に描いた縦長の日本が,しばらくの間いくつかの世界地図に描かれることになります。

 上の切手は,1992年にベハイムの地球儀500年を記念してドイツから発行された切手の「見本」で,印面には大きくニュルンベルクの博物館に現存するベハイムの地球儀が描かれていますが,実際に印面上で見える地球儀の範囲は,ヨーロッパ,アフリカからアジア大陸の部分で,ちょうどジパングと大西洋は見えていない裏側に描かれていることになります。
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ピリーレイスの地図

2011/10/29 22:06
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 前回紹介した北キプロス・トルコ共和国の地図切手に描かれていたキプロス島の古地図は,トルコの海軍提督ピリー・レイスによるものですが,このピリー・レイスについては以前紹介したことのある1515年製作の地図が有名です。

 上の切手がその地図を描いた切手で,コロンブスの地図(現存しない)の写しをもとにしたと言われています。大西洋をはさんでイベリア半島とアフリカの西部,そして新大陸の東部が描かれていますが,ちょうどイベリア半島と同緯度の新大陸の部分には,コロンブスがジパングと思いこんだ現在のイスパニョーラ島が縦長に描かれています。

 なお,この切手は先日の北キプロス・トルコ共和国の切手と同様,1983年に「人類の偉業」をテーマに発行されたヨーロッパ切手ということで,このピリー・レイスはトルコ本国と北キプロス・トルコ共和国の2国で同じテーマの切手に取りあげられた英雄と言うことになります。
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古地図と衛星画像

2011/10/23 17:29
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 久しぶりの更新ですが,今日も前回と同様,北キプロス・トルコ共和国の地図切手です。上の小型シートは同国から1983年に発行された同年のヨーロッパ切手で,キプロス島の古地図と衛星画像が図案の2連刷を収めています。

 このヨーロッパ切手というのは,ヨーロッパ各国において,毎年統一のテーマに基づいて発行される切手で(当初は統一図案の時代もありました。),この1983年は「人類の偉業」がテーマになりました。
 
 前回も紹介したように,この北キプロス・トルコ共和国は世界的には承認されていない国です。ギリシャ系住民からなるキプロス本国はEUにも加盟し,当然ヨーロッパ切手も発行しているわけですが,この北キプロスも負けじとヨーロッパ切手を発行しているわけです。ちなみに,トルコ本国も古くからヨーロッパ切手を発行しています(ヨーロッパ切手の発行は1956年が最初でトルコは1958年から)。

 ところで,今日の切手図案ですが,まさに人類の偉業の一つである衛星写真の画像が取りあげられていますが,これを画像処理した衛星画像地図はまさに現在の最新地図ということになり,(切手図案ではちょっとわかりにくいですが)詳細な起伏の表現は,古地図との対称で地図の歴史におけるその技術的変革を感じさせます。古地図の方は山地部の山並みが空想的・絵画的表現になっているのがわかります。

 地図における,この絵画的山並み表現は,おおまかに言うと,近代的な測量が始まって各国が本格的な測量と地形図制作をはじめる時まで,地図の歴史においてずっと用いられてきた表現です。実はそのあたりの「地図の起伏・立体表現」に的を絞ったストーリーで,今回のJAPEXにワンフレームクラス作品として出品しました。

 2週間後の週末に開催されるJAPEX2011(全国切手展)に来場予定の方は一度御覧いただければ幸いです。
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北キプロス・トルコ共和国

2011/10/02 11:48
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 地図と新月を組み合わせたデザイン図案の切手が続きましたが,今日は戻ってイスラム色の強い新月と星をデザインにした国旗と地図が図案の切手です。

 上の切手は1984年に北キプロス・トルコ共和国からトルコ人自治地域成立10年を記念して発行されたものです。北キプロスとは一般になじみのない国ですが,地中海東部に浮かぶ島国キプロス,実は8割のギリシャ系住民と2割のトルコ系住民の民族対立が独立当初からあり,1983年に北部のトルコ系住民が独立を宣言します。

 その結果,キプロスは現在完全に国家分裂状態になっており,切手図案の地図にはその分断線が明示されています。しかし,その独立を承認しているのはトルコ本国だけという現状で,日本も承認していませんので,日本の地図を見てもこの線は描かれていません。
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トルコ 強制附加金切手

2011/09/26 11:20
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 前回アフガニスタンの「赤新月」に対する強制附加金切手を紹介しましたが,今日ももう1枚ということで,同じくイスラム国家のトルコが発行した同様の切手です。
 
上の切手は1928年に発行された「赤新月」に対する強制附加金切手で,トルコの地図と赤新月がデザインのシンプルな図案の切手ですが,地図の方をよく見ると,トルコの河川や湖の分布がよくわかり,一種の水系図のような役割も果たしています。

 トルコの川や湖といってもなじみがないと思いますが,東部に見えるのが同国最大のワン湖で,乾燥地帯のため塩湖になっています。さらに現在の地図帳を見てみると,切手図案の地図にはない大きな湖がいくつか目につきます。図案の赤新月とワン湖の間にはダム建設によってできた大きな人造湖が現在はできています。
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