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切手で読む地図の楽しみ

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切手で読む地図の楽しみ
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 地図といっても様々な地図があります。描き方も,描く範囲も様々であり,その目的もまた様々です。単に地名や場所をさがすためのモノではなく,地図には様々な役割があります。その地図を小さな1枚の切手の中に描いた「地図切手」を通して,地図を見る楽しみ,地図を読む楽しみを日々探っていこうと思います。
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ホンディウス

2009/11/07 22:18
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 メルカトルはオルテリウスとほぼ同時代の人物と先日紹介しましたが,もう一人同時代の有名な地図学者にホンディウスがいます。ということで,今日はそのホンディウスの世界地図ですが,上の小型シートは1980年に英領バージン諸島からドレークの世界周航400年を記念して発行されたものです。

 図案の地図はホンディウスが1590年頃に製作したもので,御覧の通りオルテリウスの世界図とちがうところは円形の地図を2つ組み合わせて全体として世界全図になっている点です。

 これは平射図法と呼ばれる図法で,右の地図は赤道上,現在の西経20度を中心に描いた半球図(地球表面の半分が描かれている),左の地図はその反対の地点赤道上,東経160度を中心に描いた半球図で,両方合わせて世界全図となっているわけです。

 地図をよく見ると,未知の南方大陸や北方大陸を描いているのがわかりますが,この点は同時代のオルテリウスやメルカトルとの共通点ということになります。そして,注意深く見ると,1577〜1580年にかけてマゼランにつぐ世界で2人目の世界周航を成し遂げたイギリス人ドレークの世界周航路が記載されていることもわかります。
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アトラス

2009/11/05 22:09
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 一昨日紹介した1595年完成のメルカトルの地図帳はアトラスの表題が付けられ,以来,地図帳はアトラスの名称で広がっていきます。

 上の切手は1949年にアルゼンチンから第4回パンアメリカン地図学者会議を記念して発行されたもので,地球を背負うギリシア神話の神アトラスの像が描かれています。メルカトルの地図帳もこの神にちなんでアトラスの名が付いたと言われていますが,実はそうではなく,織田武雄氏の『古地図の博物誌』によると,メルカトルの地図帳の扉絵にアトラスの名称とともに挿入されているのは,ギリシア神話のアトラスではなく,天球儀と地球儀を製作したリビアの伝説王アトラスで,こちらのアトラスにちなんでいると見るのが自然であるとなっています。

 ただ,オルテリウスやメルカトルの地図帳が完成する以前の1572年に,ローマでラフレリーという人物が刊行した,大きさや精度の異なる世界各地の地図を集めた地図帳の原型らしきものの表紙には,このギリシア神話のアトラス像が描かれています。しかし,ラフレリーはこの地図帳には「アトラス」の名は付けず,「ゲオグラフィア」と表題に記しているので,上に書いたように,アトラスの名を地図帳に最初に付したのはメルカトルであり,それはリビアの伝説王アトラスにちなんでいるということになります。
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メルカトル(4)

2009/11/03 21:35
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 再びメルカトルに戻ります。ということで,初の近代的地図帳を完成させたのは以前にも書いたようにオルテリウスですが,このメルカトルも地図帳編纂の計画を持っていました。他の地図製作者の原図を利用したオルテリウスとちがって,メルカトルは集めた地図や資料をもとに自身の手で地図を作図し直したために時間を費やし,ヨーロッパ各地域の地図を出版したものの,地図帳の完成には至りませんでした。その完成は没年の1594年の翌年に遺志をついだ息子によってなされます。

 上の切手はその1595年の地図帳に所収されているアフリカ図で,1993年に南アフリカのバンツースタン国家ボフタツワナから発行されたアフリカの古地図シリーズの1種です。

 地図をよく見ると,アフリカ大陸の形態は非常に整っており,精度の高い地図になっているのがわかりますが,さらによく眺めると,赤道や経線が直線ではなく曲線で示されていることから,メルカトル図法ではないこともわかります。

 先日紹介した1569年の世界図は表題に「航海用に最適な新世界全図」と記されており,メルカトル図法による地図で経緯線は直交しています。


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JAPEX 09

2009/11/01 16:28
 今日まで開催中のJAPEX09(全国切手展),競争出品の審査結果が郵趣協会のホームページで公開されていますが,レギュラークラスで大金賞が3つ,ワンフレームクラスでも初の金賞が出るという高レベルになっているようです。

 テーマティクの方はどうかというと,レギュラークラスでは小倉賞受賞経験者2名が大金銀賞,金銀賞の各賞,そしてもう1人の金銀賞,大沢さんの「視覚障害」が小倉賞を受賞されましたが,この作品は中身のすばらしさも含め,テーマティクにおける各種テーマ設定の可能性と広がりを期待させてくれる作品ではないかと思います。

 そして大銀賞が5作品とここまでで全作品の過半数を超えており,レベルの高い作品が集まったという感じです。とくにチェコスロバキア,旧ユーゴスラビアの歴史関連2作品はすばらしい作品と個人的には感じました。この2作品は企画展のハプスブルグ帝国展の方に展示されていたのですが,他のテーマティク作品の中に並べて展示されていればかなり印象が変わるかもしれません。

 一方,ワンフレームクラスは高位入賞がなくやや残念な気もしますが,「ドナウ川紀行」は地図切手も含まれており,プレゼンテーションの美しさもあって楽しく拝見しました。

 また,企画展のハプスブルグ帝国展では,大沼さんの審査員出品,フィラコリア2009での金賞受賞作品「ベートーベン」を拝見できとても参考になりました。

 今回出品された方も含まれている「テーマティク出品者の会」の第1回ミニペックスが,来年1月15〜17日に開催されるので,当方も久しぶりに作品作りに本腰を入れていきたいと思っています。


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メルカトル(3)

2009/10/28 21:30
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 地図学者メルカトルを描いた切手を続けましたが,今日はそのメルカトルが1569年に発表した有名な世界地図の一部が図案の切手です。

 上の切手はモーリシャスから2002年に発行された古地図シリーズの1種で,残念ながら世界全図ではないのですが,自国すなわちモーリシャス付近の部分を図案にしています。モーリシャスはマダガスカル東方のインド洋上に浮かぶ小さな島国なので,図案の地図を見るとマダガスカル付近の地図と言った方がいいかもしれません。

 この1569年の世界図は,地図上で任意の2地点間の直線が等角航路を示すというメルカトル図法で描かれた地図で,航海用には最適な地図ということで,現在でも海図に用いられる図法になっています。

 それにしても残念なのは,この1569年のメルカトルの地図を世界全図で描いたものを図案にした切手が登場していないことです。



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メルカトル(2)

2009/10/26 21:57
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  一昨日に続いて今日もメルカトルの肖像を描いた切手です。このメルカトル,メルカトル図法の考案者,すなわち地図学者としてあまりにも有名ですが,1569年の世界図製作より以前の1541年に地球儀も製作しています。

 上の切手は,1962年にベルギーからメルカトル生誕450年を記念して発行されたもので,地球儀を手にするメルカトルが図案になっており,記念印が押されているFDC(初日カバー)のカットです。記念印を見ると,彼の生誕地である東フランドルの都市,ルプルモンドの名が記されています。

 メルカトルが1541年に製作した地球儀は直径41cmの大きさで,その一つは,多くの古地図や地球儀,天球儀を所蔵していることで有名な奈良県の天理図書館に所蔵されています。
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メルカトル

2009/10/24 21:40
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 一昨日,「世界の舞台」を刊行したオルテリウスと地図学者メルカトルが同世代で交友があったことを紹介しましたが,今日はオルテリウスに続いてメルカトルの登場です。上の切手は一昨日のオルテリウスの切手と同じシリーズの1種で,1942年ベルギー発行の結核予防付加金付切手です。

 オルテリウスの「世界の舞台」は同時代の地図製作者が描いた地図やそれらを参考にオルテリウス自身が描いた地図を収録して完成させた地図帳ですが,1570年初版の巻頭を飾る世界図も,実はその前年に製作されたメルカトルの世界図を参考にしており,東南アジアの島々や南米大陸の西岸,さらに未知の南方,北方大陸などはよく似た形状に描かれています。そして,日本列島の形態も類似しており,いわゆる「メルカトル型」の日本と称されるものです。

 このように,世界図や多くの地域図を収録して地図帳を製作するという構想はメルカトル自身も当初から持っており,それをオルテリウスが先取りした格好になったわけです。


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オルテリウス

2009/10/22 21:27
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 オルテリウスの地図帳「世界の舞台」所収の地図を図案にした切手を続けてきましたが,今日は最後として,そのオルテリウス本人に登場していただきました。

 上の切手は1942年にベルギーから結核予防の付加金付切手として発行された,著名人シリーズの1種でオルテリウスの肖像が描かれています。

 そして,肖像の横に1527−1598年と生年と没年が示されていますが,このオルテリウスと同世代の人物として,「世界の舞台」刊行の前年である1569年にメルカトル図法による世界地図を発表した有名な地図学者メルカトルがいます。

 この二人は交友関係にあり,オルテリウスから「世界の舞台」を受けとったメルカトルは,オルテリウスに手紙を送り「世界の舞台」を称賛していますが,何とオルテリウスは「世界の舞台」1573年版にその手紙を掲載しています。


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オルテリウスの地図帳(8)

2009/10/19 21:19
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 オルテリウスの地図帳「世界の舞台」が続きますが,今日はちょっと変わったところで,多くの島が個別に描かれている地図が図案の小型シートですが,キプロスから1974年に第2回国際キプロス学会を記念して発行されたものです。

 「世界の舞台」の1579年版以降には,歴史地図帳の部が付録として所収されており,多くの古地図が収録されています。現代のわれわれから見れば「世界の舞台」所収の地図は全て古地図ということになるのですが。

 図案には最大のキプロス島の他,エーゲ海の島々が多数描かれており,ロードス島やキオス島をはじめ,古代遺跡に富みエーゲ海観光で有名な島登場しています。

 そして地図に描かれているこれらの島の形態は,現在の地図と比較しても古地図とは思えないほど精度は高く,古代から往来のさかんであった地域の証しともいえる地図になっています。
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オルテリウスの地図帳(7)

2009/10/18 21:24
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 オルテリウスの地図帳「世界の舞台」,今日は日本が大きく描かれた地図です。上の切手は2008年の日本切手で,第3次世界遺産シリーズ第4集の「石見銀山遺跡とその文化的景観」の1種です。

 図案の地図は「世界の舞台」初版(1570年)の中に所蔵されるタルタリア図の一部で,日本付近の部分を印面に取りあげています。タルタリアとはアジア大陸北東部を指す地名ですが,「世界の舞台」初版では,世界図,アジア図,東インド図,そしてこのタルタリア図の中に日本が描かれています。

 図案の地図をあらためてよく眺めると,日本列島の形態が面白いですが,本州を表す大きな島の北部に(ちょっとわかりにくいですが)「Minas de plata」すなわち「銀の島」の表記があります。戦国大名が開発した銀山から採れた銀が長崎を経て中国,ヨーロッパへと多く流通し,当時のヨーロッパの地図に,日本が銀の島として記されていたわけです。

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オルテリウスの地図帳(6)

2009/10/16 21:36
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 オルテリウスの地図帳「世界の舞台」,今日はキューバ島です。上の切手は,キューバから1973年に発行された地図シリーズの1種で,1572年版に含まれるキューバ付近の地図が描かれています。

 1572年版の地図帳には,キューバ島はもちろん西インド諸島の専図は所蔵されておらず,この地図はアメリカ図(新大陸図)の中に描かれているキューバの部分ということになります。

 現在の地図と見くらべてみると,キューバはやや太めという感じですが,南のジャマイカ島,東のイスパニョーラ島,すぐ北のフロリダ半島との位置関係はほぼ正確に描かれています。

 さらによく見ると,キューバ北方に示される点々の部分がありますが,ここはコロンブスが最初に上陸したサンサルバドル島を含むサンゴ礁島群のバハマ諸島海域で,大陸棚の浅瀬を表しています。

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オルテリウスの地図帳(5)

2009/10/14 21:17
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 オルテリウスの地図帳「世界の舞台」,今日は1570年の初版のアフリカ図です。上の切手は,南アフリカ共和国のバンツースタン計画にもとづいて設置された国家のひとつ,ボフタツワナから1993年に発行されたアフリカの古地図シリーズの1種です。

 地図を見てわかるように,アフリカ大陸全体の輪郭や赤道の位置は非常に精度の高いもので,マダガスカルの位置関係もほぼ正確に描かれています。これはポルトガル人による探検航海の成果を反映して,アフリカ大陸に関しては精度の高い地図がすでに多く製作されていたことを物語っています。

 ただ,図案の地図をよく見ると,大陸内部に関しては,この地図帳が製作された16世紀後半ではヨーロッパ人の探検が進んでいないため,不正確な点が多く,大きな湖や大河川の流路も正しく描かれていない部分がみられます。



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オルテリウスの地図帳(4)

2009/10/12 21:19
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 一昨日の小型シートの続きですが,その切手部分を切り取り,小型シートと同図案の絵葉書の上に貼り付けて記念印を押した郵趣品,すなわちマキシマムカードを今日は紹介します。上はその切手と記念印の部分ですが,あらためて切手をよく見ると,中央上部がアイスランド,その北に大きく広がるのがグリーンランドです。そしてアイスランドの南に描かれているのが先日書いたように伝説の島フリースランド島になります。

 このフリースランド島は,織田武雄氏の『古地図の博物誌』によると,ベネチアの名門ツェノ家に伝えられた,先祖による14世紀末の北方への探検航海の航海記を1558年に刊行する際に付した地図に,航海記の中に「フリースランド島を発見し,さらに北上してアイスランド,グリーンランドに到達した」という記述から,同島を描き入れたために,そのすぐ後の時代の地図製作者であったオルテリウスの地図帳や,1569年の有名なメルカトルの世界地図にもこのフリースランド島が同じように描かれたということである。

オルテリウスもメルカトルもまんまと騙されたということになりますが,地図上の未知の北方大陸の存在と同様,当時の探検航海が大洋上や北方海域の全てを完全に網羅,検証できていなかったことを物語っているわけです。
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オルテリウスの地図帳(3)

2009/10/10 22:12
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 オルテリウスの「世界の舞台」収蔵の地図を描いた切手,今日は一昨日紹介したものと同じ北方地域図ですが,1570年の初版のものです。

 上の小型シートは1984年にアイスランドから国際切手展ノルディア84を記念して発行されたものです。切手部分からシート地にかけて大きく地図が描かれているため,単片の切手にくらべると,やはり詳細な部分まで見やすく,資料的価値が大きくなります。この点では小型シートが古地図再現の絶好のマテリアルとして存在しているように思えます。

 シート中央上部に未知の北方大陸,切手部分の上辺目打が貫いている大きな島がグリーンランド,そしてその南の島がアイスランドに当たり,しっかりと切手印面部分に入っているのはシート発行国として当然の成り行きと言えます。

 日本での国際切手展開催時には,日本が描かれた古地図が図案のこのようなデザインの小型シートの発行を願うばかりです。


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オルテリウスの地図帳(2)

2009/10/08 21:36
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 初の近代的地図帳であるオルテリウスの「世界の舞台」収蔵の地図が図案の切手を続けて紹介しましたが,今日もさらに続けてということで,上の切手は1975年にデンマーク領フェロー諸島から発行された古地図切手の1種で,「世界の舞台」1573年版の北方地域図が図案になっています。

 放射状の経線と円弧状の緯線が記されており,一種の円錐図法で描かれていることがわかりますが,よく見ると,東に大きく描かれているのがフィヨルドの湾入を持つスカンディナビア半島,そしてその南に現デンマークのユトランド半島,中央下部には現イギリスのグレートブリテン島北部とその西隣のアイルランド島が描かれています。

 そして印面中央部をよく眺めると,目立つように色を変えて描かれているのが,この切手を発行しているフェロー諸島になります。さらに印面左上の大きな島がアイスランド,そしてその南には,現在の地図をいくら探しても載っていない伝説の島フリースランド島が描かれています。


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オルテリウスの地図帳

2009/10/06 20:58
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 一昨日のデンマークの切手は,1570年製作の初の近代的地図帳であるオルテリウスの「世界の舞台」の1図と紹介しましたが,今日はその「世界の舞台」70図の巻頭を飾る世界全図が描かれた小型シートです。このシートはスペインから2000年に,スペイン国王カール1世(神聖ローマ帝国皇帝カール5世)生誕500年を記念して発行されたものです。

 背景の世界図には未知の北方,南方仮想大陸が大きく描かれていますが,さらによく見ると,アジア大陸の東には日本列島がオタマジャクシのような形態で描かれているのもわかります。

 大航海時代の探検の成果と印刷技術の発達により,この地図帳「世界の舞台」がオルテリウスよって製作された当時のオランダはスペイン国王カール1世の治世で,当時の王室にはこのような地図が多く献上されており,その部屋にはこれらの地図が飾ってあったことは言うまでもない。


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デンマーク古地図

2009/10/04 21:37
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 話がまた変わりますが,昨日,2016年夏季オリンピック開催地がリオデジャネイロに決定しました。この開催地を決定するIOC総会が開かれたのがデンマークの首都コペンハーゲンで,日米両首脳もプレゼンテーションに参加するという,一大イベントショーの様相を呈していました。

 ということで今日はデンマークの地図が図案に描かれている切手を取りあげます。上の切手は今年7月に同国から発行された古地図シリーズの1種で,図案の地図は,1570年にフランドルの地図製作者オルテリウスによって出版された,「世界の舞台」と称される初の近代的地図帳に掲載されている53図幅全70図のうちの1図です。

 この地図を見ると,ユトランド半島と首都コペンハーゲンのあるシェラン島など多くの島からなる現デンマーク領以外に,スカンジナビア半島の一部も当時はデンマークの支配下に入っていたことがわかります。

 このオルテリウスの地図帳「世界の舞台」に掲載されている各地図は,今までに何枚か各国の古地図切手に登場していますが,今日の切手はそこに1ページ加えたことになり,地図切手ファンとしては嬉しいかぎりです。
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サモア諸島

2009/10/02 21:08
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 サモア大地震に関連して紹介した一昨日のサモアの地図切手は,西サモア(現サモア独立国)の島しか描かれていませんでしたが,その時にも書いたようにサモア諸島にはその東側にアメリカ領サモアの島々が分布します。

 上の切手はそのアメリカ領サモアも含めてサモア諸島を描いた地図が図案になっており,1972年に第1回南太平洋司法会議開催を記念して西サモアから発行されたものです。一昨日の切手図案に示されていたたように,サモア独立国の首都アピアのあるウポル島のほぼ西端を通る経線が西経172度,ほぼ南端を通る緯線が南緯14度ですが,この切手図案の地図にはそれらを含めて30分間隔の経緯線網が描かれています。

 そして,公正のシンボルとして描かれた天秤ばかりのデザインが,ちょうどその経緯線網とはかったようにマッチしているというなかなかの図案です。



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サモア

2009/09/30 21:51
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 突然話が変わりますが,日本時間の今日早朝,太平洋のサモア諸島の南方を震源とするM8の大地震が発生し,津波などによる被害状況が心配されます。

 ということで,上の切手は以前にも紹介したことのある,1962年に西サモア(現サモア独立国)から独立を記念して発行された切手です。一昨日の切手もそうなのですが,当ブログでは過去に取りあげた切手が再登場することがしばしばありますのでご了承下さい。

 図案にはサモア独立国の二つの主島,サバイ島と首都アピアのあるウポル島が経緯線とともに描かれています。その数字を読み取ると,南緯14度,西経172度ということで,南太平洋,西半球の一部で地域的にはポリネシアの一角になりますが,地質構造的にはトンガ海溝の北部に当たり,太平洋プレートとインド・オーストラリアプレートの境界付近で,地震の多発地帯ということになります。

 なお,図案の国名表記は,独立当時の「西サモア」とサモア語で表記されています。すなわち,サモア諸島にはニュースでも報じられているように,このサモア独立国の東にアメリカ領サモアが分布します。


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ボカシ

2009/09/28 21:21
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 イギリスの地形図切手が続きましたが,その中でケバや等高線といった起伏表現が使用されていました。地形の起伏を表す方法としては,その他にボカシという表現法があります。

 ボカシというのは,土地の起伏に応じて色調の濃淡をつけ,連続的に描く表現法で,ケバとちがって現在でも各国の地形図に等高線と併用されている場合も多い。

 上の切手はそのボカシで表現されている地形図を図案にした切手で,1970年にトルコから地形図製作75年を記念して発行されたものです。以前にも紹介したことのある切手ですが,私にとってのお気に入り地図切手の1種で再登場となりました。

 等高線による表現も対比するように図案に描いていますが,立体感を表す起伏表現としてはもちろん,起伏の多い山岳地帯において,地図の美しさを映し出す手法としては最適な表現になっている。


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地形図記号

2009/09/26 21:28
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 今日も続いて1991年イギリス発行の陸地測量局設立200年記念のシリーズの1種ですが,図案の地図はさらに新しく1959年製作のものです。

 一昨日の地図とくらべると,等高線はうす茶色に色が変わり,ケバを用いた起伏表現は姿を消しているのがわかります。そして樹林地帯の緑の刷色はよりあざやかな緑色になっています。

 さらに注意深く眺めると,樹林地帯の中に描かれているのが広葉樹林の記号ですが,日本の地形図記号にくらべるとより樹木らしい表現になっています。そして,中央部オレンジ色の道路が交わる所にある,P の文字は郵便局を表す記号,+ の記号は塔のない教会を表します。これらは逆に味気ない感じもしますが,地形図記号のお国柄が表されてなかなか面白い感じです。



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ケバと等高線

2009/09/24 21:20
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 連休が終わって再びケバを用いた地図切手の紹介ですが,前回紹介したイギリスの1インチ1マイル地図とまったく同じ場所を描いた地図が図案になっています。

 前回の切手と同様,1991年に発行された陸地測量局設立200年記念のシリーズの1種ですが,前回紹介の地図から約100年を経た1906年に製作された地図です。

 100年前の地図とくらべて,大きくちがう所は樹林地帯を緑で,主要道路をオレンジ色で色を塗っている点です。そして新しく鉄道が開通していることもわかりますが,まさに地域の変貌を語りかける地図の本領発揮といったところです。

 さらによく見ると,うすい茶色のケバで起伏を表現していますが,それに加えて赤い等高線も示されており,ケバ,等高線が併用されていることがわかります。


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ケバ(3)

2009/09/19 21:39
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 今日は再び起伏表現にケバを用いた地図に戻りますが,上の切手は1991年にイギリスから陸軍陸地測量局設立200年を記念して発行された地図切手の1種です。図案の地図は1816年に同測量局が製作した,1インチ1マイル(6万3360分の1)地図の一部で,丘陵地帯がケバを用いて表現されています。

 設立200年ということで,同測量局は1791年設立になるわけですが,これに先んじて地形図製作を開始していたフランスに刺激を受けて,イギリスも地形図製作を開始したわけです。最初の地図は,切手図案の地図よりも早く,1801年に4図幅が製作,発行されています。

図案の地図をよく見ると,丘陵地帯に分布する樹林の記号が樹木の絵画的表現になっているところが,なかなか面白い感じです。



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パラナ川デルタ

2009/09/17 21:02
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 一昨日,アルゼンチン,エントレ・リオス州の地図を描いた官製葉書を紹介しましたが,その時にも書いたように,平原州のこの地図では起伏を表現するケバよりも,むしろ湿地帯の表現の方が目立ちます。

 上図は,その湿地帯が広がるパラナ川のデルタ地帯の部分を拡大したものですが,短い平行密集線の中に草地を示す記号が見受けられます。

 そして,よく見ると,この湿地帯の中をパラナ川の支流が一部蛇行しながら流れ,網状河川を呈して多くの川中島をつくっている,典型的なデルタ地帯の様子がよくわかります。


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ケバ(2)

2009/09/15 21:25
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 先日のアルゼンチン,サンファン州の地図を描いた官製葉書に続いて,今日も同じシリーズの葉書ですが,先日のサンファン州がアンデス山麓に位置するのに対して,今日の官製葉書の地図は東部ウルグアイとの国境に位置する平原の州,エントレ・リオス州です。

 州の境界をよく見ると,ウルグアイ川をはさんで東側は隣国ウルグアイ,パラナ川をはさんで西側はサンタフェ州,南側はブエノスアイレス州に接しているのがわかります。そしてこの2本の川が合流する地点より下流が湾のように広いラプラタ川になります。

 すなわち同州は大河川の下流部の平原地帯になるわけですが,地図をよく眺めると,やはり毛虫状の短いケバで表現されている箇所があります。地図帳では緑一色に描かれていますが,アンデス山麓とは全く高度がちがうものの,実際にはこのような起伏がみられることがわかります。

 しかし,この地図ではむしろケバよりも,横に平行な細い線を密集させた表現が目立ち,パラナ川の下流を中心に湿地帯が広がっていることを示しています。
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アコンカグア

2009/09/13 21:17
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 一昨日紹介したアルゼンチンの官製葉書に描かれたサンファン州の地図は,そのときも書いたように,縮尺の小さい地図のため,傾斜の著しい所だけにケバを用いる毛虫のような簡略的なケバ式表現で山地を描いた地図になっています。

 しかしよく見ると,海抜の高い大きな山は,中心の頂上部にケバを集中させ,その山体わかりやすく示しています。上図は一昨日の葉書の地図を拡大したもので,サンファン州と南隣のメンドーサ州との境界の西経70度付近には,南米大陸最高峰で南半球の最高峰でもある円錐状のアコンカグア山の山頂がはっきりと表現されています。

 そして,その西方,地図上左側の山地列を含むアンデス山脈の西側が隣国チリということになります。


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ケバ

2009/09/11 21:10
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 ラトビアの地形図切手が続きましたが,一昨日紹介した切手の地形図には等高線が描かれていました。この等高線,現在の地形図では日本も含めて起伏表現の定番になっていますが,地形図に最初に使われたのは19世紀の初めで,本格的に広く採用されるのは19世紀の後半からです。

 それ以前は,起伏のある山岳地帯や丘陵地帯の表現には,斜面の最大傾斜の方向にケバと呼ばれる短い線を密集させて描く手法が用いられていました。傾斜の度合いに応じて,ケバの太さ,密度を変えると本当に立体的な表現になります。このケバによる起伏表現は等高線が用いられるようになっても併用して使われ,日本でも古い地形図には採用されていました。

 上の葉書は20世紀初頭にアルゼンチンで使用された官製葉書の裏面で,アルゼンチン中西部サンファン州の地図が描かれています。この地図の中にケバを用いて表現されている所が山岳地帯ということになるのですが,このように縮尺の小さい地図になると,毛虫のような形態をした簡易ケバになり,山地部分を区別できるだけのものという感じになってしまいます。
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ラトビア1番切手(2)

2009/09/09 22:00
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 今日も続いてラトビアの地形図切手ですが,上の切手は1番切手の無目打切手です。先日紹介したのとはちがって,地形図の図幅の周囲余白部があり,地図の端の部分に当たります。

 このような地図の端では,裏面の切手印面がこの余白部にかかるときがあり,そのような場合は切手印面の裏は通常の切手と同じように白になり,地図切手ファンからするとハズレになってしまいます。

 上の図案をよく見ると,地形図図幅の輪郭線のすぐ外側に,経度の数字や途切れている等高線の数値が示されていますが,これは日本の地形図も同様です。

 さらによく見ると,等高線が茶色で描かれているのがわかりますが,このドイツ軍用地図と同年代の日本の古い地形図は,等高線も含めて黒一色の地図です。


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ラトビア2番切手

2009/09/07 20:47
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 一昨日,ドイツ軍が残した地形図の裏に印刷したラトビアの1番切手を紹介しましたが,今日は同国の2番切手です。

 上の切手がそれで,地形図面を載せましたが,地図の裏側の切手印面部分は1番切手と同様に紋章の図案です。ちがう所は1番切手が無目打なのに対して,こちらは目打入りということです。

 上の切手は目打でわかるように田型ブロックということになりますが,目打の小さい穴が貫いて地図を分断しているのを眺めていると,地図愛好家の観点からは,やはり無目打の方がいいかなと思ってしまいます。


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ラトビア1番切手

2009/09/05 21:10
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 一昨日に地形図切手を紹介したポーランドは,ドイツとロシアという二つの強国の間に位置したため,二度の大戦を通じて両国の領土獲争いに巻き込まれますが,それと同様の歴史的経緯を持つのがバルト3国です。

 ということで,今日はそのバルト3国の一つ,ラトビアの地形図切手ですが,上の切手はラトビアの1番切手として有名な無目打の普通切手です。と言っても切手印面は紋章の図案になっているのですが,戦時中の物資不足のおり,ラトビアでは敗走したドイツ軍が残した地形図の裏面を利用して切手を印刷したわけです。

 上の図は,地形図面と切手印面の一部を同時に載せましたが,地形図全体の雰囲気としては,日本の古い地形図に似た感があります。これは明治時代の日本の地形図黎明期,地形図の記号などの図式はフランス式を当初取り入れていましたが,すぐにドイツ式に切り替え,その後長く日本の地形図に影響を与え続けてきたことが理由と思われます。



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